NiigataTaro, Co.Ltd

This is Niigata Taro, Co.Ltd
大のブロッコリー嫌いで知られており、大統領専用機の機内食のメニューからブロッコリーを削除した。また、「ブロッコリーは嫌い。二度と食べない。ポーランド市民がソ連と闘ったように私もブロッコリーと闘う」と発言したことに怒ったブロッコリー農家から、トラックで大量のブロッコリーを送りつけられたことがある。このシーンは全世界のニュース番組で話題となっていた。 ジョージ・H・W・ブッシュ - Wikipedia
「自分のした苦労をしないでいい人を見つけるとキレる人々」の存在をどうするか、ということが、子育てをしやすい社会作りの大きなテーマになると思う。 Twitter / terrakei07 (via yellowblog)

(via rainbowono)

sologatos:

43734

cybergata:

Shironeko, the most laid back kitteh on the internet.

(via rainbowono)

(Source: picapixels)

ビッグマックの奔放さといったら、それは食べ難いという程度のものではない、蓋を開けると既に崩壊しているのだから! Twitter / @モヒカンではない (via rpm99)

(via gkojax)

先週の雪『ここ10年で最高クオリティの積雪』
今週の雪『ここ10年で最高と言われた先週の雪をしのぐ出来映え』
Twitter / ikazombie (via igi)

(via gkojax)

taishou-kun:

Mifune Toshirou 三船 敏郎 on the set of Yojimbou 用心棒 - Director : Kurosawa Akira 黒澤 明 - Toho 東宝 - 1961

taishou-kun:

Mifune Toshirou 三船 敏郎 on the set of Yojimbou 用心棒 - Director : Kurosawa Akira 黒澤 明 - Toho 東宝 - 1961

(via picapixels)

地元志向の、一筋縄ではいかない複雑さや深さは、たとえば、今年(2013年)大ヒットした「あまちゃん」のことを考えただけでも、思い至ることができるだろう。「あまちゃん」の脚本を書いた宮藤官九郎は、00年代の初頭から、郊外的な「地元」にこだわり続けてきた。
 宮藤の地元へのこだわりやその表現の変遷については、宇野常寛の、実に見事な分析があるので、それを参照してほしい。宇野は、宮藤の「木更津キャッツアイ」の第一話を観たとき、90年代は終わったのだと、実感したと書いている(「ゼロ年代の想像力」)。この作品では、もちろん、タイトルが示す通り、「木更津」という地元での友人関係が主題になっている。
 その宮藤官九郎の、現在のところの到達点が、「あまちゃん」であろう。「あまちゃん」は、主人公のアキが、母の春子に連れられて、地元北三陸に帰ってくるところから始まる。いや、北三陸は、アキにとって、普通の意味での地元ではない。彼女は、東京の世田谷で生まれ育っており、北三陸には一度も行ったことがなかったのだから。しかし、北三陸は、すぐに、アキにとって、地元以上の地元、ごく短期間暮らしただけなのに、世田谷よりもはるかに懐かしく愛情を感じる地元になる。
 アキと春子が帰ってきた北三陸には、やはり、地元を超える地元を象徴する人物、夏ばっぱ(アキの祖母)がいる。夏は、北三陸という地元を一度も離れたことがない。いや、彼女は、ただ地元に定住しているだけではない。夏は、逆に、深く潜る人である。海女という仕事が、夏の「地元を超える地元」への志向を表現している。
 夏の最愛の夫(アキの祖父)の忠兵衛が、また興味深い人物だ。遠洋漁業を生業としていて、1年に10日ほどしか地元にもどらない忠兵衛が目指す先は、東京どころではない。彼は、東京とか日本とかといった領域が意味をもたないような、グローバルで普遍的な空間(大洋)を移動する。しかし、その自由な移動のためには、地元を超える地元に根を張る夏が必要だ。こうした両極の短絡的な結びつきは、どのようにして可能になるのか。そのように考えていくと、地元への志向ということに、まだまだ汲(く)み尽くせない謎や深みがあることがわかってくる。
地方にこもる若者たち 都会と田舎の間に出現した新しい社会 [著]阿部真大 - 大澤真幸(社会学者) - 本の達人 | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト (via clione)

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